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慶應義塾大学 日吉音楽学研究室

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Keio Collegium musicum hommage to Akira Miyoshi

三善晃へのオマージュ



■三善晃へのオマージュ〜合唱曲とピアノ曲による〜
慶應義塾大学コレギウム・ムジクム合唱団、アカデミー声楽アンサンブル演奏会」

2015年1月15日(木)18:30開演(18:00開場)
場所:協生館 藤原洋記念ホール
演奏:奥山初枝(ピアノ・ソロ)、樋口晃子(ピアノ)、佐藤望(指揮)
入場無料
主催:慶應義塾大学教養研究センター / 慶應義塾大学日吉音楽学研究室
(住友生命保険相互会社寄附講座関連事業)

ポスター

プログラム
合唱
《五つの童画》(1968)より                   作詩 高田敏子  作曲 三善晃
  1. 風見鶏
  5. どんぐりのコマ

演奏  慶應義塾大学コレギウム・ムジクム アカデミー声楽アンサンブル(アドヴァンスド・クラス)
    指揮 佐藤 望 ピアノ 樋口晃子

ピアノ・ソロ
《アン・ヴェール En Vers》(1980)
「手折られた潮騒」*
「両手のおにごっこ」**
「波のアラベスク」*
「波のあやとり」**
「ファのパヴァーヌ」** (連弾, Primo: 佐藤望)

*こどものためのピアノ小品集《海の日記帳》(1982)より
**こどものためのピアノ曲集 《音の森》(1978) より

ピアノ 奥山初枝
(休憩)

合唱
《地球へのバラード》 (1983)                 作詞 谷川俊太郎 作曲 三善晃
I 私が歌う理由(わけ)
II 沈黙の名
III 鳥
IV 夕暮れ
V 地球へのピクニック


演奏  慶應義塾大学コレギウム・ムジクム合唱団(一般クラス)
    指揮 佐藤 望


プログラム・ノート(佐藤望)

◆作曲家 三善晃と音楽

一昨年10月4日、80歳で逝去した作曲家、三善晃の作品を集めたプログラムです。現代音楽の演奏会ですが、どうか難しい音楽だと思わずに、私たちと同時代をこの前まで生きた一人の人が、自ら経験した喜びや怒りや生きることの意味について、私たちと分かち合いたいと心から願い、音楽で語り掛けていると思って聴いてくださるとうれしく思います。

私が中学生だったころでしょうか、三善晃氏がテレビのインタビューに出てきてインタビューアーが、三善さんは音楽で何を表現なさりたいのか、と質問したのに対して「言葉にできないから音楽なんでしょう」と答えたのを記憶しています。当時の私はずいぶんキザなことを言うなと思いました。その後音楽を学ぶようになって、あらゆる機会に彼の作品に触れるようになりました。一時作曲を目指して勉強もしていた私は、三善晃は最も尊敬し憧れる作曲家になりました。残念ながら私には、三善晃先生に直接会って学ぶ機会はついぞありませんでしたが、彼に影響を受けた多くの音楽家と出会い間接的にとても大きな影響を受けてきています。そして、「言葉にできないから音楽なんだ」という言葉を、身に染みて少しずつ理解するようになりました。

今回、演奏を準備しながら実感したことは、三善晃の作品は本当に緻密に作られていて、ひとつひとつの音が感覚的に偶然に選ばれているのでは決してなく、必然的に、そこになければならないものとして配置されているということです。彼のスコアは本当に密度が濃く、ひとつひとつの音がそれ以外にはありえない形でそこに存在しているのです。それを演奏するには、当然相当な技術が必要ですから、私たちが準備していて本当にそれでいいのかと自問させられるのが毎回の練習でした。

それでも、音楽は音にして鳴らさなければ、音楽にならないわけですから、三善晃の広大で深遠な世界のほんの一部でも、お伝えできればと思い、今回の演奏会を企画しました。私の友人のピアニスト、奥山初枝さんがこの趣旨に賛同し、協力をしてくださいました。

今回の演奏会には、三善晃氏に学ばれた作曲家、町田育弥氏が影の立役者として協力してくださいました。プログラムの決定や演奏のあり方について町田氏は、幾度となく奥山初枝さんにアドヴァイスをしてくださっていました。また、町田氏には日吉の教室に来ていただき、学生たちを前に作曲家、三善晃について語ってくださいました。昭和8年・カまれで、生と死が隣り合わせになった時代に少年時代を送った三善氏が、いかに「命」、「生きること」にこだわっていたかということ、目の前の100mを他にはありえない形で、命がけで生ききること、そうしたことを常に意識された作曲家であったということ、また作曲家三善晃のいない世界を今、私たちはどう生きれば良いのかという、彼自身が真剣に自問していることを、深く学生たちにお話ししてくださいました。 この時を機に、私たちが毎回の練習で目指す方向性のようなものがしっかりと定まった気がします。学生たちの意識も全く変わっていきました。

20世紀という時代は、音楽のあり方、作曲のあり方が根本的に変革した時代だと思います。この時代の作曲は、既存のあらゆる伝統を崩壊させその技法もあり方も拡散の方向へと向かいました。そして、人々は調性音楽か、非調性音楽かということだけで、保守だとか、前衛だとかわかりやすいレッテルを貼って音楽作品を理解しようとしました。それは、作曲家にとって非常に生きにくい時代だったのかもしれません。民族主義と国際主義の相克、2度の大戦、めまぐるしい技術革新とメディアの変化の時代のなかでの人間性の喪失の時代、三善晃はそうした中でも、音楽でしか表現できないもの、そうでしかありえない音のメッセージを常に発信し続けようとしていたように思えます。  そうして考えてみると、今日演奏する音楽もいわゆる「難しい現代音楽」などでは決してなく、音でしか表現できない、しかしとても明解なメッセージがひとつひとつ伝えられているように思えます。三善作品は演奏者に対してはとても厳しさを要求してきますが、その音楽そのものは常に聴く人に対しては明解に、優しく語りかけているのです。



◆演奏曲目について
合唱曲
《五つの童画》より「風見鶏」「どんぐり・フコマ」

 詩人、高田敏子は明治25 (1892) 年生まれで、開放的な家庭で育ち当時の女性としては最高の教育を受け、戦前戦後を通じ英語教育・女子教育に尽力した人物です。激動の時代を生き抜き、やや前衛的な作風で詩人としてデビューしましたが、後に「お母さん詩人」として有名になります。《五つの童画》は幻想的な寓意と、彼女の心のやさしさがあいまった作風の詩のように思えます。 作曲者と詩人は「人間と地球全体をくるむ愛を歌う」というテーマで共同の製作にかかったと、三善晃は述べています。「風見鶏」には、「風見鶏は かぜのいうままになんでも見てしまった」とサブタイトルがついています。得意げに高みしていた風見鶏はやがて絶望失意や破壊を見聞きし、最後は自らもそれを経験します。しかしそれは空虚にすぎませんでした。三善はそうした破壊や絶望失意を「胎生の糧としない愛を信ずることができない」と語ります。「どんぐりの頭 神さまがちょっとつまんでとがらせた」という言葉が添えられた「どんぐりのコマ」は、どちらかというとユーモアが前面に聴こえます。秋の風景、木から落ちていくどんぐり、ころころと転がっていく、人の命はつねに新しい世界への飛び出しを繰り返します。その生に対する愛に満ちた促し、と私には聞こえます。

ピアノ曲
 《アン・ヴェール》は、1980年の東京国際ピアノ・コンクールの課題曲として書かれた作品です。そのためとてもシリアスな性格の作品で、ピアノの音響と時間空間の構成し語るピアニストの力を試す曲になっています。「アン・ヴェール」とは「韻を踏んで」という意味で、冒頭で3回、高音と低音の音の重なりで音楽が一旦リズムを止めるということによって、韻を踏んだ3行の詩行を鳴り響かせます。これが一種のテーマのように扱われています。リズムが停止して韻が踏まれるたびに、次の語りへの期待を誘い、それが作曲者、演奏者、聴き手の一期一会の語らいをそこで生んでいるようです。三善先生へのオマージュとしてこの曲を選んだ奥山さんの並々ならない意気込みを感じます。

 奥山さんは残りのプログラムを、2つの子供のためのピアノ曲集『音の森』(1978年) と『海の日記帳』(1982年) から選ばれました。子供のためとはいっても、どの曲もとても洗練された音への愛情を示す作品です。両曲集とも、子供の指や音感の発達を助け、ピアノのもつ可能性に感受性を対応させるようなバラエテ・Bをもった作品集です。練習の手引きには、1曲1曲演奏のための助言が記されています。そのなかには、呼吸、調の変化、ムーヴメント、音の遠近法、耳を心に宿らせて、柔らかさ、共鳴といった言葉が並びます。ひとつひとつ音の響きに優しさが込められています。三善晃の心に響いていた音や歌、音像や風景がひとつひとつの曲に映し出されているのだと思います。

合唱曲《地球へのバラード》
 三善晃の合唱作品のなかで最も有名で、全国の合唱団に愛され続けた曲集です。1983年に東京大学拍葉会の委嘱で書かれました。三善より2歳年上、昭和6 (1931) 年生まれの詩人、谷川俊太郎の5編の詩に綴られた音楽は、軽く優しい響きを聴かせてくれます。しかし、そのテーマは実はとても重いものです。それは昭和の一桁に生まれ、まだおぼろげな少年の眼(まなこ)で、あの戦争の生き証人とさせられた人にしか感じ得なかった何かを伝えようとしているように思えます。三善と谷川の共感は、彼らの眼に焼き付いた何かであったように思えます。これを演奏する平成の世の大学生たちも、それを指揮する私もずっと後の生まれで、それを想像のなかでしか知ることができません。三善は、この曲集の前文で「願いが絶望によって育てられることも知っている。その上で何かを願うならば、それは願いを育てたものの形質を通り過ぎた歌声によってであろう」と述べています。三善独特の難解な表現ですが、それを私なりに解釈するならば、彼はこう語っているのではないでしょうか。あの光景を見てしまった者には、愛だの平和だのといったことを軽々しく口にして願うことはできない。しかし、大学生のために書いたこの歌で、若者たちにこの願いを歌ってほしい。言葉や行動といったものに比べれば、音楽は無力かもしれない。しかし、音楽にしかできないことがある、音楽にしか語れない何かがある、と。


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